少年たちの季節 3.5


俺たちは長い事そうしていた。 まるで何かが終わるのを待ち侘びるように。


教室掃除を終わらせて、俺は背負い鞄を中途半端に肩に掛け、 バット、グローブ、その他諸々を掴んで教室を飛び出す。 今日は隣町のチームとの対戦試合。 週に1回は必ずある、そんな大した事ないような試合だが、 それでもやっぱり負けられない、絶対勝ちたい、そんな気持ちばっかり先走って。 だから危うく見逃す所だった。 ドアを出たすぐ横に、まるで幽霊のようにひっそり立っていた幼なじみの悠也を。 「……いっちゃん、今日、忙しい?」 首をゆーっくり傾げてそう訊いてくる。 俺は走り出したい気持ちを必死に押さえて (と言っても足はその場できっちり駆け足足踏みしていたけど)、 「野球の試合があるけど、何か用があるのか?」とだけ答える。 ……考え込んでいるような素振り。 「……じゃあ、いいや」 ……おいおい、ちょっと待ってくれよ、 いつもの事ながらこれだけ間を空けといてそれか? 「なんだよ、とりあえず言うだけ言ってみなきゃどうなるか分かんないだろ?」 「……でも、いっちゃんは試合サボったりは絶対にしないでしょう?  だから……良いよ」 「あー……だから、俺がよくないの! 気になるだろ?」 こんな中途半端じゃ試合に集中出来ないかも……しれない。 や、きっと始まっちゃえばんな事忘れちゃうだろうけど。 それは何だか裕也自身にも言える事で。 幼なじみ、特に母親同士が仲がイイって言うお決まりのパターンの俺たち。 悠也自体があんまり周りと上手くやるって事が得意じゃナイっぽいせいで、 俺は何かと母さんから、悠ちゃんの面倒をみてあげるのよ? と言いつけられたり、している。 で、気を付けようと、思ってない訳じゃないけど、やっぱりクラスも違うし、 一緒にいる事も少ないし(まず、奴は外に出ない)で、 普段はすっかりこいつの事、忘れてる。 でも、やっぱりこういう時には、放っとけないって気になったり。 その間もむーっと考え込んでいる悠也。 「……じゃあ、試合が終わったら……」 「終わったら?」 「ウチに来て?」 「オマエんちに?」 「うん」 「判った、じゃあ、またあとでな!」 ってか、これじゃ遅刻するっ! 試合は8対3、俺たちの勝ち! 俺も走者一掃の満塁ホームラン(と言っても別にフェンスや何かがある訳じゃないから たらたら走ってるとアウトになったりするけど)打っちゃったりと、 自分で言うのもなんだけどかなりの大活躍! そんな訳で意気揚々と、すっかり約束を忘れた俺は 悠也の家の前を素通りしたのだった……。 いつものように夕飯をお腹一杯に食べて、一休み。 テレビでは俺の大好きなアイドル歌手が明るく歌って、踊ってる。 うーん、和むよなぁv この一時vv テルルルル、テルルルル……。 そんな幸せな時間をぶちこわす、電話の音。 ……なんなんだよ! ……ったく、しゃーない出るか。 「はい、入沢ですが」不機嫌MAXを隠さずに電話に出る。 「……いっちゃん?」受話器の向こうから小さな声。 って、あ! 「悠也、ごっ、ごめっ……」 「……ううん、良いんだ。……ただ、まだ家にも帰ってないのかな、 ってちょっと心配になって電話しただけだから」 「いっ、今から行くから! ちょっと待ってろよ!」 「えっ、もう……」 受話器を置く。 「母さん! 今から悠也ん家行ってくる!」 「ええっ? いくら何でもご迷惑で……」 「約束してたんだよ! だから大丈夫!」 「……全く……すぐ帰ってきなさいね……」 その声を背中で聞きながら、俺は玄関のドアを出た。 ぴーんぽーん……ぴーんぽーん。 気が抜ける呼び出し音。俺は気が競って仕方ない。 「……はい」悠也だ! 「俺だよ、いつき! さっさと開けろよ!」 「……本当に来たんだね……」 「当たり前だろ! ……約束っ……忘れてたけど!」 くすり、と笑い声。……むかつく。 「さっさと開けろよ! 早くしないと帰るかんな?」 「……今、開けるよ……」 ぷつりと、とぎれた音。しーんと、してる。 今まで焦りまくってたから気が付かなかったけど、何だかやたらと辺りは静かで。 ……気持ち、悪ィ。 早く開けに来い〜来い〜と心で念じる。 「……ごめん、遅くなっちゃったね」 「っうわ! と、突然現れんなよ!」 「……突然なんて……現れてないんだけどな……」 キキィ……と門扉を開けながら奴は言う。 「ってかお前気配薄すぎ! もっとどうにかしろよ!」 「……どうにも、なんないよ……これは」 「なるって! どうにかしようと思えばどうにかなるもんだって!」 「……そうかなあ……」 「そうだってば……。って、今日は本当になんの用だったんだ?」 裏手に歩き出す奴の後を追いながら訊く。 ホントにこいつ、歩くのだけは速いんだよな……不思議な事に。 「……本当は……もうホタルの季節だから……  一緒に見に行こうかって……思ったんだけど……」  「ホタル!? マジ、また良いトコ見つけたのか!?」 「うん、だけどこの時間だともう遅くなり過ぎちゃうから……」 「うっ……!」 どうしてこうぐさっと来る一言を言うのか、 ……まあ、今日はホントに俺が悪いんだけどさ! 「今日はこれで我慢してね?」 塀も何もなく竹林に続く悠也ん家の裏庭。 そしてそこにある池には……って、 「お前、ホタル!」 そう、そこには淡い緑の光を灯すホタルたちがちらちら、ちらちら漂っていた。 「うん、なんか、今年初めてなんだけど……数が少ない割に結構綺麗でしょう?」 「って、おい、別にどっか遠くまで見に行かなくてもここで充分じゃんか!」 「……そう?」 「そう! ったく……今までよくも隠してやがったな……」 「……だって、いっちゃんは……いつも忙しそうだったし……」 たし? 「いつも誰かと一緒にいたから……」 ……確かに今日は珍しく独りだったけど(……他の奴らは掃除さぼりやがった!) 「他の奴と一緒なのがどうして駄目なんだ?」 「……いっちゃんにしか教えたく、なかったんだよ?」 ----僕にはいっちゃんしか、友だち、いないから……。 小さな声。……俺も思わず黙り込む。 さわさわと風。竹同士がぶつかって軽い、でもしっかりとした音が響く。 「……いっちゃん、座らない?」 「あ、うん……そうだな」 促されて、池の近くの平石の上に座り込む。 ぼんやりと、ホタルを眺める。 真っ暗な夜空を背景に、星よりも明るく、ゆっくりと点滅を繰り返すホタル。 ふわり、ふわり、闇に溶けていってしまいそうで、でも存外な強さで、光り続ける。 「……綺麗だね……」 ぽつり、悠也が呟く。 「……そうだな……」 何がある訳じゃない、ない訳じゃない。 なのにどこかに何か置いてきたような気持ちで、静寂の中。 でもさっきとは違う、恐怖はどこにもない。 そんな中で。  俺たちはは長い事そうしていた。  まるで何かが終わるのを待ち侘びるように。







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