雲と北の星

 

                        タツヤのお父さんは船乗りです。遠くの海の珍しい物を求めて旅にでます。 だから、タツヤはお父さんに一年に何回も会えません。 お父さんが出かけている間、タツヤはお母さんと二人っきりでお留守番です。 ある日、タツヤが家に帰ると、いつも以上に幸せそうなお母さんが 玄関で花を飾っていました。 「お母さん、どうしたの?」 「お父さんが明日帰ってくるのよ。」 ヒラッ。お母さんは紙をタツヤに見せました。そこには、 「明日帰る、父。」とありました。 その夜、タツヤは蒲団の中に入っても、 目が冴えてしまってなかなか寝付けませんでした。 それはお父さんが帰ってくるのが嬉しくて、とても待ち遠しいからです。 タツヤがお父さんのことを大好きなのは、背が大きくてかっこいい事もあります。 珍しいおみやげをくれるところも大好きです。 ですがタツヤが一番待っているのは、お父さんのしてくれるお話なのです。 お父さんは、家に帰るとタツヤと目一杯遊んでくれます。 いつも遊んでやれない分をその短い間に詰め込む様にして。 そして毎晩、タツヤが眠る時、枕元でお話をしてくれるのです。 それは遠い海の怖い生き物や珍しい生き物のお話だったり、宝石を巡る冒険譚、 お父さんの実際に体験した話など、尽きることがありません。 それでも、明日、お父さんはどんな事を話してくれるんだろう……。 タツヤはそんなことを考えながら、いつの間にか寝入ってしまいました。 次の日の朝、快晴です。 タツヤとお母さんは船着き場までお父さんを迎えに行きました。 「あっ、お父さんの船だぁ。」 タツヤは走り出しました。お母さんもスカートをひらひらさせながら後に続きます。 「よぉ、元気にしてたか?」 お父さんです。 「お父さん、おかえりなさい。ぼくもお母さんも元気だよ。」 タツヤはお父さんに飛びつきながら言いました。 「そうか。タツヤは大きくなったな。」と、お父さんが言うと、 「うん。お父さんがいないあいだはぼくが『いっかのだいこくばしら』なんだもん!」 タツヤは少し威張って言います。お母さんは後ろで笑っています。 「お帰りなさい。」 「あぁ。お前も、久しぶりだ。」 お父さんは少し照れたように言います。 「ご飯、食べましょうか。」 にこにこしたままお母さんに言われ、 「そうだな、家に帰ろうか。」 そう、嬉しそうに言ったあと、タツヤを肩に乗せ、お父さんは歩きだしました。 そして夜は更けて……。 「タツヤ、もう寝る時間よ。」 怪獣ごっこをしている二人にお母さんは言いました。 待ってましたとばかりに、タツヤはお父さんの服のそでをひっぱりながら、 「今日のお話は?」と、聞きます。 「そうだな……。今日は雲と星の話。」  タツヤはすでに毛布にくるまって聞きの体勢に入っています。 「星は航海、そうだな、船で旅する時になくてはならないものなんだ。  昔は夜、星が出ていないと、俺たちは自分のいる所や、  向かっている方向がわからなくなった。  今だって、星は一番の手がかりだ。今日はその星について、話そう。 ────  昔、星は満月の時、お休みをもらっていました。 月も、新月の時に休んでいました。 晴れの日にも、雨の日にも、休みの時以外はみんな、一生懸命輝いていました。 そんなある雨の日に、まだ若くて怖いもの知らずの星が言いました。 「雲やい。何でお前は雨を降らせるんだよ。僕たちが消えちゃうだろ。」 まだその頃、星たちは雲の下にいて、雨や雪に遭っては消える、とはいかないまでも、 消えかけてしまうことがありました。 すると雲は、 「仕方ないじゃないかぁ。雨が降らないと地上の生き物はみんな死んじゃうんだぞ。」 と答えました。 その星は怒って、 「じゃあ僕たちは力つきちゃって死んじゃってもいいっていうのか。」と言いました。 すると他の星たちも口々に 「雲消えろぉ。」とか、「雨なんていらない。」などと言い出したのです。 ところがそのうち、それまでずっと黙っていた星がよく通る声で、 でも静かに言いました。 「僕たちは何でこんな低い所にいるんだろう。  こんな所にいて雲に雨を降らせるなって文句を言っているより、  僕たちの方が雲の上に移住すればいいんじゃないのかな。」 しん。他の星たちは静まり返りました。 そして、ひそひそ、ひそひそ、小声で話し始めました。 「それもいいけど……。」「雲がね……。」 「いいって言うかな。」「どうだろう……。」 そのひそひそ話を雲がさえぎりました。 「わかったよ。穴を開けるから、そこから上に行ってくれ。それでいいんだろう?」 そしてぽっかりと大きな口を開けました。 星たちは恐る恐る穴に近付いていきました。 でも最初は誰もその穴を通ろうとはしませんでした。しかし、 「じゃあ、先に行ってるよ。」 そう言って、例の星がすいっと通ってしまいました。 するとその星に続くように、あの星も、 この星もみんな雲の穴をくぐり抜けていきます。 ひゅんひゅんひゅんひゅん……。 そうして、星は雲の上で暮らすようになりましたが、 ほとんどの場合、雲にさえぎられて星が全く見えないということはありませんでした。 何故なら時々、荒くれ者の台風などがいたずらをしていく時以外は、 雲は色々と形を変え、地上からもちゃんと星が見えるようにしてあげたからです。 そして地上からは雲に隠されている星はというと、 ちょっと雲の上でお休みをして、力を蓄えておくようになりました。 そうそう、例の星は一番頼りになる星として、今でも北の空の一点に留まっています。 そして彼は、いつのまにか地上の人々から北極星と呼ばれる様になりました。 その北極星っていうのはな、俺たちにとっても、一番大切な星なんだ。 っと……、なんだ、もう寝てるのか……。」 お父さんは少し苦笑して、 ポン、ポン。お父さんは軽くタツヤの頭をなでながら、 「おやすみ。」と、言って、部屋から出ていきました。 タツヤはうとうとしながら遠ざかるお父さんの足音を聞いています。 今日もまた、いい夢が見られることでしょう。 さぁ、おやすみなさい。
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